Free cookie consent management tool by TermsFeed Update cookies preferences スピンスレッド 株式会社代表取締役 砂子 智宏 × 小川 卓 対談

スピンスレッド 株式会社 代表取締役 砂子 智宏 × 小川 卓 対談 第1回 砂子さんのキャリアと二回の起業経験

スピンスレッド 株式会社 代表取締役 砂子 智宏 × 小川 卓 対談

HAPPY ANALYTICSの小川卓対談企画。

第18回のお相手は、小川卓主宰の提案型ウェブアナリスト育成講座第7期卒業生でスピンスレッド株式会社代表取締役 砂子 智宏氏。全3回でお届けします。

※本対談は2022年4月に行われました。

第1回 砂子さんのキャリアと二回の起業

対談のお相手

砂子 智宏
すなこ ともひろ

砂子 智宏 すなこ ともひろ

スピンスレッド 株式会社 代表取締役

営業会社、雑貨小売店勤務の後、幼馴染との起業を経て、2019年スピンスレッド株式会社を起業。

主に中小企業に向けてウェブ制作を行うほか、ウェブで成果を出すための分析・提案も行う。提案型ウェブアナリスト育成講座7期卒業。

全3回目の第1回となる今回は、砂子さんが社会人になり経験した就職と起業について、そして提案型ウェブアナリスト育成講座を受講したきっかけについて話しました。

進行役はエスファクトリーウェブディレクター兼HAPPY ANALYTICS 広報の井水(イミトモ)が務めます。

営業会社から幼馴染と一度目の起業まで

井水:砂子さんの社会人経験はどこからスタートしたんですか?

砂子:大学4年まで体育会硬式野球部に所属していて、最終学年では主将をやったりと野球ばかりしていました。体育の先生になりたくて、途中まで教職課程を取っていたのですが、結局教員免許をとらず。自分のやりたいことが見つからなくて、よくある合同就職説明会に行きました。そこで唯一株式会社USENだと筆記試験がないというので、ここなら受かるかもと。

一同:(笑)

結局4か月くらいで辞めたんですけど、すでに同期の半分がいなくなっていました。

小川:ほー

職種は?

飛び込み営業で「好きなところに行ってこい」と。

行ってこいって・・・(笑)

結局、遊んでいましたね。

映画でも見にいったり?

カラオケ行ったり・・・ダメリーマンでしたね。最後の1か月は朝会社に出勤した後は家に帰って寝て、20時頃また会社に行って・・・

えぇ!?

これじゃ本当にダメだなと。それで自分は何が好きなんだろうと考えたら、東急ハンズや雑貨屋に行くのが好きだなって気づいたんです。そこで雑誌に載っている雑貨屋さんに片っ端から行ってみたんですけど、オーナーが一人でやっているような雑貨屋さんはとにかく入りづらくて、でも新宿サザンテラスのFranfrancに行ってみたら男でも入りやすい!と思って。

たしかにね。

それで「ここだ!」とスイッチが入っちゃって。ところがいろんな店舗に応募しても落ちまくって、全く入れなかったんですよ。しまいには人事に電話して「頼むからもう一回受けさせてください!」と頼み込んだりしました。

すごい!

補欠合格で自由が丘店に採用されて、それからは接客をしていました。

へ?!!自由が丘で!!

その後、渋谷に行ったり、船橋の店長やらせてもらったり・・。最後は本社でアウトレットのお店を見るように言われて、リーダーと2人で全国のお店を見ていたんですけど、全体を見るのって面白いなと思ったんですよね。当時は経営者になろうなんて全く思っていなかったんですけど、上にいって全体を見るのって面白いかもしれないなと。

いいですね。

その頃、一番の幼馴染のお父さんで少年野球のコーチもしていた方が、楽譜を作る会社をしていて、「うちに来い、うちに来い」と声をかけてくれていたんです。でもFrancfrancが楽しかったので、ずっと接客していたくて・・。

そうだよね、楽しんでいるのにわざわざね。

Francfrancは大きな会社で、がんばればいけるかもしれない。でも小さな会社だったら早いかもしれない。と。

なるほど。

あとは、当時その幼馴染が広島で社会人野球やっていたんですけど、引退して東京に戻ってきたんですよね。楽譜事業はどれだけやってもパイの奪い合いになって今後は事業拡大は見込めないから、新しいことを始めようと。人材派遣や紹介の事業を立ち上げるから一緒にやろう!というので、その会社に入りました。

立ち上げですね。

結局、5年でしたね。その人材派遣で売上は上がったけど赤字で全然儲からなくて、デザイン部署に異動させられました。デザインなんて全然やったことないし、わからないまま。。

うん。

幼馴染は3代目として社長の座につく予定だったんですけど、親父さんが昔の部下を連れてきて、その方に社長を譲ったんですよ。まだ早いと判断したんでしょうね。幼馴染は人材派遣や紹介の後にウェブをかじりはじめて、ひとり部署みたいな感じでやっていたんです。協力してくれる方もいて、私もお手伝いしていたんですよね。けど幼馴染も私もどうしても3代目の社長と合わなくて、それなら会社を出るかと。

いつ頃?

2011年3月ですね。ちょうど震災があった時で、すでに退職を伝えていたので、今から辞めるのを止めますと言える状況ではないし(笑) そのまま辞めました。

そこからウェブを始めたわけですね。

といっても、私は全然経験もないし、もう一人も結局経験がないわけですよ。だから最初は正直、はったりですよね。

その時に事業にしたのは?

サイト制作ですね。コーディングの一部分をお手伝いすることから始めました。

お仕事はどこから?

ひたすら電話営業をしていましたね。あとは、知り合いから「うちはデザインやっているから、コーディングをお願いね」という感じでお仕事をいただいたり。営業代行の方が電話をかけてきたので、じゃぁそれをやってみようと試してみたり。

少しのツテがあったとしても、大変だよね。それで二人で会社を始めた感じなの?

普通なら、自分たちはこういう技術があって、今の会社だと思うようにできないからやめるとかじゃないですか。

まぁ見立てがあってから出るよね。

それが全くなくて(笑) 先に出ちゃいましたね。

周りから反対とかなかったの?

ありましたけど、勢いですね。でも、やっぱり食っていけなくて、1年目は夜にバイトをしてました。それで、家のお金も使い果たして、もうだめだ!っていう時に、ある総合病院の仕事をとれたんですよ。今までの人生で一番大きな仕事です。

サイト制作?

サイト制作で裏側のシステムもガッツリいれたので、パートナーさんにしっかり入っていただいて、1,000万円規模のお仕事になって、そこでなんとか食いつないだ感じですね。

その規模だと1年くらいかけて?

そうですね、1年近くかかりましたね。それからどうにかこうにか7年ほど経営していたんですけど、今後どうするかという話し合いを幼馴染とした時に意見が合わなかったんですよね。私はウェブ制作としてきっちりやり直したかったんですよ。その頃、野球のベスト8.comというポータルサイトを運用していたんですよ。本当にアナログなんですけど、自分たちが球場に行って、作ったシステムの管理画面から、例えば「1番打者、ライト前ヒットノーアウト1塁」みたいに入力し、リアルタイムで試合情報を配信していました。今でこそ大手新聞社とかやっていますが、当時は夏の甲子園大会はやってるけど春・秋の地方大会などはリアルタイムの情報がなかったこともあって、それなりに閲覧があったんですよ。ただそれだけで食っていけるかというと、お小遣い程度にしかならなくて。

サイトだけだとなかなか収益も上がらないよね。

私はウェブサイトに立ち戻ってしっかりやっていきたくて、でも幼馴染は違っていて。それで私は会社を出て、2019年1月に今の会社を立ち上げました。幼馴染は小学校5年生の頃から一番仲がよかったんですけど、関係は破綻しました。もう連絡をとっていないですね。こんなこともあるんだなと。

その幼馴染は何を?

野球をやっていたので、野球スクールとかもやってみたいと言っててやり始めたようですが、今はどうしてるかはわかりません。。

たしかに方向性としては全然違うね。砂子さんはそこからウェブの世界に本格的にきたわけだね。

ゼロからスタートした今の会社

前の会社の仕事は引き継いできたの?

私が窓口だった全てのお客さまには、今後も前の会社でやってくださいと挨拶して回りました。でも2社だけは、どうしてもというのがあったので、うちで引き継がせていただきました。ただ実質、ほぼゼロからスタートしたような感じでしたね。

今までは営業マンがいたけど、今度は制作をしていた砂子さんがひとりで会社を作ったわけですね。

制作でもディレクションとコーディングは自分でして、デザインやプログラミングはパートナーさんにお願いしています。デザイン会社さんもシステム会社さんも前の会社からの付き合いなので、事情を正直に話して、「やりづらいと思うので、決めてください、でも私としてはお付き合いしたいです」と話したところ、「是非いいですよ」と言っていただいて、今もお願いしています。

一人でやろうとなった時、何から始めたんですか?また電話営業からですか?

電話営業はやめようと思っていて、今でもやっていないです。ちょっとやりたくなった時期もあるんですけどね。Baigieの枌谷さんが言っていたんですけど、ウェブ制作会社だからウェブからお問合せがとれるようにならないとって。でも実際ドメインも取得したばかりでサイト流入も少ないし、結局、紹介の方が多かったですね。

うん。

会社の立ち上げも2回目なので、もう少しうまくいくかなと思っていたんですけど、1年目・2年目は全然目標達成できませんでしたね。

自分の中で売上目標を持っていたのね。

はい、全然でしたけどね。

きっかけはBaigie社の講座

私は自信がないタイプなんですよ。7年半やってきたんですけど、結局作ってきただけだったなと思い、そこで、セミナーを受け、本を読んで、勉強を始めたんですよね。
その時のきっかけだったのがBaigieさんの戦略的ウェブ制作集中講座です。本気で勉強するなら絶対行くべきかなと。Baigieさんは前から追いかけてきて理念が共感できるんですよね。

Twitterでよく発信しているよね。自社で色々実践しながらやってきているわけだし。

でも費用が50万円するので、高いからと見送っていたんです。ところがコロナ禍になって、講座がリアルからオンラインに変わり、受講できる社数も20社から50社になるというので再度メールがきて、「これもなんかの縁だな」といってえいやと申し込みました。

それは何年くらい前?

2年くらい前ですね。そこの講座もすごく良くて、たくさん資料を渡されて、どんどん使ってくださいと。

わりとオープンだよね。

講座を受けた後、自分にも自信がついたのか、紹介していただいたお仕事に提案にいくと納得していただけるのを肌で感じるようになって、仕事もポンポン受注できたんですよ。

Baigieさんの講座で教わることって、ディレクションのプランニングでしたっけ?

そこがメインですね。

それで新規が受注できるようになったということは、砂子さんの営業資料も変わったということ?

そうですね、資料をどんどん使っていいと言ってもらえたので営業資料にも入れましたね。

なるほど。

ウェブル社 増子氏との出会い

そのBaigieの講座で増子さんと出会ったんですよね。

たまたまなんですが、増子さんがTwitterで #ベイジの集中講座 でツイートされていたんですよ。オンライン講座だったので横のつながりが全くなかったんですけど、Twitterで知り合って、何回かやり取りしてます。今でも会ったことはないんですけど(笑)

そうなのか!(笑)

増子さんは以前この対談でも登場していただきましたけど、富山と東京を行き来している方ですよね。

増子さんとTwitterでのやりとりしているとき、何かのきっかけで小川さんの話になり、「私も書籍を読んでいて講座もいつか受けてみたいんですよね」という話をしたら、提案型ウェブアナリスト育成講座の4期生で受けたんですけど、どうですか?とすごい営業かけてきて(笑)

一同:(笑)

その頃やり取りを何回かさせていただく中で、増子さんの発言に共感していたので・・

そうそう、性格とかわかりやすいよね。

Baigieさんの講座にも行かれているので、近い価値観の方だなと思い、すぐにポチっと。

提案型ウェブアナリスト育成講座も同じように高いじゃないですか?

Baigieさんの時に講座は高いほうが、本気度が高い人が集まるんだなとか、その分野のトップの方に学んでしまったほうが早いなと。実際に効果も感じていたので。だからこれからも高い講座があったら、投資としてどんどん受けていきたいですね。

逆にこっちからしたら、投資としてとらえてもらえないと困るよね。教えて教わって、それだけで終わるのはね・・(笑) やっぱり講座の内容をしっかり活かして、投資した金額以上を取り戻してもらいたいと思うし。

はい。

居心地最悪の提案型ウェブアナリスト育成講座初日

それまでアクセス解析はなんとなくやっていた感じ?

はい、だから、あのクラスで最下位だと思っていて・・

みんな、そう言うんだよ(笑)

今の会社になってからは、サイト修正で月額報酬をいただいていた会社さんがあったので、見れるだけ見ますという感じでやっていたんです。

ちょっとはやってたんだね。最初は緊張した?

増子さんから宿題やレポートがあって大変だというのを聞いていたので、その心づもりはできていました。だから緊張はしなかったんですけど、居心地は最悪でしたね。自分が最下位だみたいに思って。

周りってすごくできるように見えるんだよね。実際のところはいろんなレベルの人がいるんだけどね。その人の分野の得意なところはあるわけじゃないですか。その本職プラス分析と考えればいいと思っていて。

そうですよね。

アナリストよりかは、「アナリティクスができる○○」でいいと思っていて。アナリストだけで食っていくのは厳しいからね、正直。だから分析ができる制作者、分析ができるディレクター、分析ができる代理店の人みたいな感じでいいと思うんだよね。

私もまだまだ一人でやっている小さな会社なんですけど、ゆくゆくは小さくてもしっかり分析ができる会社という立ち位置を目指していきたいなと思っています。大きなチームだとそれぞれ部署がいて担当者がいると思うんですけど、小さな制作会社でもしっかりとしたノウハウを持っていて、制作としてのノウハウだけじゃなくて、数字をみてしっかり提案していきたいなと。それで受講しました。

砂子さんのこれまでのキャリアや講座を受講したきっかけを伺いました。全3回の2回目となる次回は提案型ウェブアナリスト育成講座全10回についてお話ししました。

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